HHKBコーヒーのかほり事件

それはある初夏の一日のことでした。

人間、生きていくためには食料が必要です。できる限り家にこもっていたい私ですが、たまに生きるための食料を得るため、スーパーなるところへ出かけます。

その日、いつものように行きつけのスーパーに向かった私は、冷凍食品コーナーの前で運命的な出会いをします。

山積みにされたダンボールからつつましげに顔を出す、角ばった漆黒のボトル。ラベルにはこう書いてありました。

UCC 職人の珈琲

そうです。気づけば季節はもう初夏。ボトルコーヒーの季節がやってきたのです。自分で作るのはなかなか大変なアイスコーヒーですが、ボトルコーヒーを買えばお風呂上がりにクーラーにあたりながら至福の一杯を手軽に楽しむことができるのです。

迷うことなく無糖のボトルコーヒーとミルクをカゴに詰めた私は華麗な所作でお会計を済ませ、悠々と帰宅したのです。

事件は、その日の夜に起こりました。

PCデスクでコーヒーを

いつものようにシャワーを浴びた私は、いつもより少し急いでドライヤーを済ませました。なんのことはありません。お風呂上がりのアイスコーヒーを心待ちにしていたのです。

昼過ぎから冷蔵庫に入れておいたボトルコーヒーとミルクはよく冷えており、まるでお風呂上がりの私の胃に飛び込むのを待っていたかのようです。

愛用のガラスコップにコーヒーとミルクを4:1の割合で注いだ私は、しばし美しく混ざり合う褐色の液体に心を奪われていました。

「それは、まるで夢の景色のように、ただひたすらに美しい眺めだった」と瀧さんも述べています(新海誠 2016)。

コーヒーを注いでから1分ほど経ったでしょうか、いや、もしかしたら10秒も経っていないかもしれません。コーヒーがぬるくなってしまうことを危惧した私は、はっと我に返り、グラスをPCデスクまで運びました。

いいえ、実をいうと、グラスを運ぶ途中で一口飲んでしまったのです。口に入れたとたんに広がるほろ苦い旨味、そして芳醇な香りに、私は思わず立ち尽くさざるを得ませんでした。

なぜでしょう。自分で丹精込めてハンドドリップしたアイスコーヒーよりも、工場で大量生産されたコーヒーのほうがおいしいのです。

そんなばかな。既製品よりも手で淹れたこだわりのコーヒーのほうがおいしいに決まっている、あなたはそう思うかもしれません。

しかし安心してほしいのです。私にも以前、あなたと同じように考えていた時期がありました。

しかしそんなちっぽけな反抗心は、口の中いっぱいに広がるボトルコーヒーの豊かな風味を前にしてみれば、じつに脆弱なものであったと言わざるを得ないのです。

お風呂上がりにコーヒーを飲みながらPC作業をする。それは私にとって至福のひとときだったのです。

変な文章ですみません。ところでHHKBをご存知ですか?

皆さんは、Happy Hacking Keyboardをご存知でしょうか。名前が長いので通称HHKBと呼ばれる、パソコン用のキーボードです。

近年のキーボードと言えばシザーキーボードやバタフライキーボードなどの薄型なものが主流になりつつありますが、HHKBは静電容量無接点方式を採用しつつ、見た目は昔ながらのキーボードです。

お値段2万円超という高価な製品でありながら、その独特のキータッチと効率を追求したキー配列は文筆家やエンジニアなどキーボードにふれる時間が長い人々に絶大な支持を集めています。

かくいう私も、数年前からHappy Hacking Keyboard Professional 2 Type-Sというモデルを愛用していました。

カンの良い方なら既にお気づきかもしれませんが…

そうです。私はこのHHKBにコーヒーをこぼしてしまったのです!!!!

USBケーブルをコップにひっかけ、HHKBにコーヒーが降り注いだ瞬間は、時が止まったかのようでした。数秒後にはPCにデタラメのキー入力がされるようになり、内部の電気接点までコーヒーの浸食が及んだことを察しました。

HHKB復旧計画

すぐさまタオルで目に見える水分を拭き取り、シャワールームですべてのキーキャップを外した私ですが、コーヒーはさらにその筐体内部まで侵入していました。

事件が起こったのは深夜でしたが、私は半べそを書きながら夢中で作業し、気づいたときにはHHKBをバラバラに分解していました。この時実に深夜2時ごろ。

基板を除くプラスチック部品は水洗い可と判断し、すべてシャワーで洗い流しました。

基板はさすがに水洗いできないと思い、ティッシュやタオルなどで可能な限り水分を拭き取りました。

コンデンサ内部などに浸食していないことを祈るばかりです。

最大の難敵だったのはこの基板。PCと接続するインターフェース基板のようで、コネクタ類があり立体的で水分をふき取りずらい形状です。

さらにGNDを広く確保するためでしょうか、薄いアルミの板が張り付けられており、コーヒーはその隙間にしみこんでいました。私は破損覚悟でこのシートを剥がしてみたのですが、どうやら接着されているのは隅の一部分のみで、残りの部分は筐体と挟み込まれる形で接着しているようでした。水分を吸い取った後は速やかに元に戻しました。

再度組み立て

そんなこんなで応急処置を済ませたわけですが、まだ水洗いした部品の乾燥が済んでいません。とりあえず今日の作業はここまでです。私は絶望の淵に追いやられつつ、寝床につきました。

翌朝、目覚めは最悪です。ばらばらになった総部品数おそらく100超のキーボードを元通りに組み立てなくてはならないのです。それも、きちんと動作するかもわからないまま。

水洗いのおかげでキーキャップがきれいになったことが唯一の救いです

私は幼いころから様々な電子機器を分解して遊んできたわけなのですが、その経験から体得していたであろう分解者に求められる必須のスキル「元の様子の写真を撮っておく」を失念していました。

それくらい動揺していたということなのでしょうが、再組み立てにあたっては本当にこのねじでいいのか、このばねはここでいいのか、と答えの出ない問いに答え続けなければなりませんでした。

以前家具の組み立てに使用するため購入したBOSCHの電動ドライバが大活躍しました

そんなこんなで何とか自己流修理をしていたわけですが、キーキャップを支えるばねを戻す工程で、ばねが1つ足りなくなっていることに気づきます。もう、絶望です。とても細くて見えにくいばねですから、昨晩の分解途中でどこかに飛ばしてしまったのかもしれません。しかしそのばねがなければそのキーだけずっと落ち込んだまま、押されたままの状態になってしまうのです。

一瞬、製造元の東プレに手紙を書いてばねを送ってもらおうかなどと考えましたが、もう一度よく部品を見つめて気づきました。別のキーのところに2つのばねが入ってしまっていました。

無事、全てのばねを戻し終え、筐体の蓋を閉じたころには、すでに1時間以上が経過していたものと思います。

ここまでくれば、あとはキーキャップを元通りはめなおすだけです。謎の自信で記憶の中のキー配列に従って戻していたのですが、途中で一つずれが見つかりはめなおすことになりました。自分の記憶はあまり信用しない方がいいですね。

結局、壊れてはいませんでした!

全ての修理を終え、Macに接続して寿司打でしばらくあそんでみましたが、全てのキーは問題なく動作するようになりました。

コーヒーをこぼした直後のコマンドキー連続入力問題も解消しています。

しかし、ここで変な告白をしなくてはなりません。

じつは、HHKBからApple Magic Keyboardに乗り換えました

HHKBが水没して使えなくなったとき、とりあえずキーボードがなければ大学の授業を受けるのに支障をきたすと思い、あわててAmazonでApple純正のMagic Keyboardを購入したのです。

これはApple純正品ですがHHKBより安く、1万円前後で手に入りました。

そしてHHKBを修理している間こちらを使っていたわけなのですが、そうしているうちにHHKBよりもMagic Keyboardの方が私には合っているように感じられたのです。

というのも、HHKBは合理的なキー配列を追求した結果、方向キーやファンクションキーが削られており、それらは別のキーとの複合入力をしなければ使用できないのです。

一方のMagic Keyboardには独立した矢印キーとファンクションキーが存在しており、HHKBの複合入力も不便とまでは言えないのですが、やはり独立キーの方が便利だと気付いたのです。

そういうわけでせっかく修理したHHKBですが現在タンスで眠っており、私のデスクにはMagic Keyboardが鎮座しています。

どちらもUS配列のキーボードを使用しているので違和感なく使える、、、と思っていたのですが、まだ体がHHKBの配列を覚えているため、矢印キーを入力するときにまごついてしまったりします。うん?やっぱりHHKBの方が良いのかな(笑)

キーボードの世界も沼ですから、いい物を探し始めたらキリがありませんね…

みなさんは何のキーボードをお使いですか?なにかおすすめがあれば教えて下さるとうれしいです!

これから暑い季節になり、飲み物を飲みながらPC作業をすることも増えると思いますが、デバイスにこぼさないようにお気を付けください!

それではまた!


Comments

“HHKBコーヒーのかほり事件” への5件のフィードバック

  1. //最後のオチだけ読むと時間短縮できます。(コメント自体はキーボード編につづく。)

    ある日の暮方のことである。1人のKNTKが*1、バスの中で雨やみを待っていた。
    雨はしとしとと降り続き止む気配をみせない。ただ、降り続くばかりである。
    オフィスが立ち並ぶ都市中心部から最近住宅地として開発が進んだエリアへと向かう混雑したバスの中には、
    雨やみをする乗客がもう2、3人はいそうなものである。それがこのKNTKのほかには誰もいない。
    なぜかというとこの数日間日本は大部分の地域で雨が断続的に降り続く梅雨とよばれる期間に入っていた。
    そこで乗客の傘の所持率は一通りではない。旧記によると、梅雨は6月の数週間続き、
    この期間は傘を持ち運ぶことが常識になっていたそうだ。天候がその始末であるから、傘を紛失し回収する手間などは、
    元より顧みるものがなかった。(後略) 「傘がなくても、東京は楽しめる。」(新海誠 2019)という言葉を過信したKNTKは温浴施設 *2 に
    向かっていたのである。乗車してからおよそ20minほど経ったであろうか。終点に少しずつ近づくバスは乗客を徐々に減らしながらも約20名ほどを乗せ、闇夜にきらめく建物の前に到着した。なんと路上である。立派なバスターミナルが併設されているのに、そこに乗り入れないのはなにか理由があるのであろうか。新たに開業した商業施設への期待と温泉でなくとも大浴場の心地よさは冷たい雨にかき消されてしまうものではない。むしろ冷えた身体は温かな湯煙りを求めていたのである。はやる心と身体をなだめつつまず向かったのは商業施設のCheckである。賢明な読者のみなさまはすでにお気づきのことかもしれないが、それぞれの営業時間を考慮したというのが実情だ。(中略)なんやかんやあって入浴を終えたKNTKはいわゆるコーヒー牛乳*3を手にしていた。Coffeeと牛乳それぞれ単独で摂取するのは
    なかなか難しいがそれらと砂糖を混ぜるとどのような変化が生じるのであろう。余韻を味わいながらFridayFlowerのために帰路を急いだKNTKはあらかじめミルクティーを入浴後飲むために購入していたことに気づくこととなる。

    *1 わたし以外わたしじゃないの当たり前だけどね。
    *2 大人の事情により温泉としての営業は当面見送られている。
    *3 正確にはこのような飲料に牛乳という語句は使用できない。正確には森永珈琲である。

  2. //ここから2つめのTopic Keyboardについて
    深夜に慣れない文体でそのままでは飲めないCoffeeについて最新のepisodeを綴ってみたわけですが、前半部分(後略まで)には元ネタがあります。お分かりですよね? わたしの友達はCodeをよく書いている人が多いのでHHKBも所持している人たちに勧められたりして使ってみたことがあります。0が1つ少ない価格帯のKeyboadで十分かなと考えているのとあまりこだわりがないなかでもどちらかといえばストロークが浅いほうがいいと考えているので、借りたり某Yカメラで試してみたりしたときはあまり価値がわからなかったですね。手元にあるKeyboadで高級なものといえばiPadにつなげて使うSmart Keyboadなのですがこちらはかなり独特の打ち心地ですよね。慣れるまでは違和感がありましたがMagic Keyboadを購入したのであれば比較的その違和感は少ないと思います。HHKBはUserの性質を考えると修理してみた報告が探せば見つかりそうなものですが、言うまでもなく修理する必要がないに越したことはありません。電子機器と蓋のない液体物を同じLayerに置かないというのも一つの方法かもしれませんね。2Lのいろはすをひたすら消費しながら同じテーブルを5-6名で共有して開発していたある日の午後うっかりそのペットボトルを倒し一気に目が覚めたことがあるKNTKより。(敷かれていた色鮮やかなテーブルクロスを干すだけで終わってよかったのですが。)

    1. お返事が遅くなり大変申し訳ございません。素敵な文章をご寄稿くださりありがとうございます。
      はじめは新海誠監督つながりで「言の葉の庭」のオマージュかと思いましたが、文体からして芥川龍之介の羅生門でしょうか?
      じつは、キーボードはしばらくMagic Keyboardを使っていたのですが、結局HHKBに戻ってきてしまいました。やはりキーストロークがある程度深いほうが打ちやすいように感じます。最近は矢印キーを使わずにエディター内を移動できるようVimのキーバインドに慣れるよう四苦八苦しています…(笑)
      今後、極力電子機器と液体物は同一レイヤーに置かないよう心がけたいと思います…

  3. タグが水没なのおもろい笑
    おつかれさまですʕ•ᴥ•ʔ

    1. どうもどうも笑

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